高卒認定と大学編入をやってる人のブログ

 初めまして。じゅんと申します。大学編入生のブログですが、最近は極々プライベートなブログになってます。気軽にコメントください。

みんな違ってみんな良い

こんばんは。じゅんです。

フと、今日は「個性」というワードに頭を巡らせました。

そのついでと言ってはなんですが、書くということで頭の中を整理しようと思い、この記事を書いている次第です。

 

核心に迫る前に、僕が「個性」について考えるキッカケがありましたのでそれについて述べていこうと思います。

 

最近塾講師のアルバイトを始めました。時給の高い集団指導か、またそれよりも安い個別指導かということですが、後者を選択。希望としては前者でしたが、面接行くたびに「もうほとんど希望者が来てて難しいかもしれない」と言われ見事選考漏れしました。まあ仕方ないなと思い、とりあえず早くバイトを見つけないとという思いがあふれていました。

 

丁度そのころ、プロフィールを入力すればそれを見た塾側からスカウトが来るというサイトに登録しておりました。僕のところにもいくつかスカウトメールが届いており、その中から選ぼうということに。希望する集団指導塾はなく、個別指導塾だけでした。

 

そして先日、僕は個別指導塾A社に採用されました。

少しうぬぼれていましたが、個別指導ならできるという自信を持っていました。

なぜかというと、僕自身2年くらい家庭教師をやっていたという経験があったのです。面と向かって教えるスタイルは、職場が変わってもそのまま適用できるだろうと考えていたのです。

実際に僕が家庭教師で担当していた生徒さんの数学の成績は上昇し、ある程度良好な関係を築けていました。なぜそれを言えるかといえば、僕が2カ月の間私情で家庭教師を休むことになったとき、他の先生は嫌だ、先生が復帰するまで待ってる等言ってくれたからです。

ですので、コミュニケーション能力が優れているとは言えないながらも、最低限生徒と身の上話をすることはできていまして、及第点と言えるのではないかと思っています。

 

そうこうするうち、先日一回目の授業をしました。授業がはじまり、生徒さんの学校の話をし、いつも通り問題の解法などを教えていました。

自分でもまあまあかと思いきや、授業後塾長に長いこと説教を食らうことに・・・!!

「もっと明るく振る舞って欲しい」というのが塾長が要求することの核心。

 

アドバイス程度に言っていただけたらと感じる内容を、キツく言われる筋合いはないな・・・など感じながら、その日は帰宅したのです。

 

僕個人としては、コミュニケーションが少しできればそれで大丈夫だろうと思っていたところ、そのスタイルが暗いと痛烈に非難されてしまった。高度なギャグを言えないながらも、生徒は時折笑ってくれたし、十分にコミュニケーションは取れていたんじゃないのかなって思った。

 

こういうのは”個性”の範囲内で見届けてくれ。僕はフとそんなことを思いました。

 

もちろん明るいギャクを言えば生徒の気分も良くなるし、また塾に来たくなるだろう。勉強もそれに応じて捗るかもしれない。だけど、僕自身だってコミュニケーションを綿密に取っていたし、その明るさがどうとかを第三者に言われるのはおかしいと思う。

 

誰もが明るいギャグを言えるようなら、「個性」はどこで称賛されるのか?

 

世の中には「みんな違ってみんな良い」という標語がある。事実、僕は小学校でこれを教わった。コンプレックスに思える所はこれを適用して、長所へと変えることのできるすぐれものである。例を出すと、「気が短い人」は「物事・情勢に対して人より敏感」ということができる。また、「自分を出さない人」は「周囲に対する気配りがある」と言い換えることもできる。

 

思った。「みんな違ってみんな良い」は、「個性が活きる場所」において本当に適用される。

 

あるゲームクリエーターが自分の能力を引き出す時、周囲とは進んで距離を取るようにするらしい。飲みに誘われても申し出を断り、果てにはアドレスを消したりする。門外漢からは「非常識」だと思われそうだが、これが彼の長所を引き出すところにある。

 

だから、「みんな違ってみんな良い」世の中において、この個別指導塾が目指すところは、「超おもしろくて、ギャクもキレがよくて、後は頭がいいやつ!」を募集すればいいんじゃないですかね。

 

・・・いろいろと書いてきましたが、塾は続けるつもりです。今年度いっぱいまで。

タフな場面はメンタルを強くするのにいいですから。

よし、ずっと説教されにいくぞ!