ひきこもりから飛び出す学生ブログ

 初めまして。じゅんと申します。大学編入生のブログですが、最近は極々プライベートなブログになってます。気軽にコメントください。

4/29 学生日報

今日

朝9時から派遣のバイトでした。「清掃」という見出しなのに、任されたのは清掃を”補助”するものでした。何をやったかといいますと、重いテーブルをひたすら移動しては元に戻すという作業。肉体的に疲れましたが、現場の方たちが優しく、コミュニケーションの連携が上手く行ったので精神的な疲労はなかったです。あのお兄ちゃん優しかったな・・・。共に働いていた大学生と談笑しました。吹奏楽をやっているそうで、羨ましさを感じました。楽器弾ける人はかっこいい。17時までの仕事でしたが、定時より早く終わって嬉しかった。

 

明日も肉体労働です^^;

 

 

 

4/27 学生日報

今日したこと

朝5時に起床し、翌日に控えたプレゼンの準備をしていました。

大学に行って講義を聞きに行き、そして帰宅。

大して何もしていないのに気だるさが強く残るのが気になります。。

睡眠時間はちゃんと取っているのですが、如何せん頭が回らない。

 

勉強

英語の勉強を主にやっています。

Audibleではハリーポッターと賢者の石を聞き終え、

秘密の部屋を続けて聞いています。

後、ハリーポッターと死の秘宝を視聴。

 

 

改善点

気分よく一日を過ごしたい。

そのためには朝活がよさそう。朝早く起きてランニングせねば。

英語は音読をやっていかないとダメだな。

後、試験対策として何かやっていかなきゃならない。

 

夜から塾のバイトです^^;

 

 

 

 

そして・・・古本屋に通って。

こんばんは、じゅんです。

 

実は私、読書が趣味で暇な時間があれば書店でも行って立ち読みしています。主に小説が好きです。買うポイントといえば、まずタイトル。その次に背表紙のまとめ部分を読んで面白そうかどうか判断します。この面白そう、ってのは私にフィットするかどうかってところですね。最近読みたいのは、「哲学をかじり始めた青臭い学生が、友人と哲学っぽい談義をするようなもの」です。なかなか選び難い。。。

 

そんな、読書好きの私が訪れたのは自宅近くの古本屋。中古で売られていた人気作家コーナーの本たち。なになに・・・「星野源」?

 

テレビに疎い僕でもわかる。超人気俳優であり、歌手の名前。そんな売れっ子がわざわざエッセイを書いているのか。いや、エッセイは売れてる人か?など思いながら、気が付けばするするとその本に手を伸ばしていた。その本の名前は「そして生活はつづく」

偏見だが、「歌手」や「俳優」してる人が文章を書けるはずはないと思っていた。(僕が今読んでいる本の中の一つ、「ニュートンの林檎」は映画監督や俳優もこなしている辻仁成さんであるが、あの人はわりかしステキな物語を書く

 

表紙のキャラクターの可愛さにつられて本を開けてみれば、どっと面白い文章がそこには広がっていたのだけれど。

 

まずこのエッセイ集で驚いたのが、彼が「さっき自慰しました」なんて本の中でサラっと流して書いてたところ。率直に言うなら、え有名人なのにこんなん書いてええの?と思った。だからもう少し深く読もうと思った。誠実な人の文章にはウソはないのかなと。

 

その本によれば彼には色んな悩みがあるようだ。その一つが、感情表現が下手だっていうこと。ええ俳優なのに?って思うが、演じることと本来の彼は別物だと考えるのが自然ということか。まあ正しく表現すると、「本来の彼」は感情表現が下手らしい。面白いことに対して笑うのが難しいとか、そんなこと。

 

この悩みの吐露は、エッセイだからこそできるものなんだろうなと思った。エッセイとして出すことでしか知ってもらえない部分。普段明るく振る舞う「俳優星野源」が吐露してしまうことなどできない。暗い部分は隠し通すプロ根性と、暗い部分を知って欲しいという人間臭さ。そんなものが伺えた。

 

感情表現が下手・・・。

 

確かに私自身もあるかもしれないな、と。当初はちらっと流し読むするつもりだったのに思わず結構読んでしまった。星野の悩みは痛切に感じられた。

 

上達もクソもない。

 

あくまで本書では、「だから~と努力してます」なんてことも書いてない。感情表現が苦手な自分も彼は受け止めている。素晴らしいのは、仕事でそんなそぶりを一切見せないプロ根性。と同時に、感情表現が苦手な自分というのも、受け止めていいのかもしれないなと感じた。

 

ええ本書くやん

 

なんだろう。面白い。字になって表現された思いは、誰かに伝えたい思いみたいなのが垣間見える。あまり興味がなかったけど、ええ本書きますね・・・。

みんな違ってみんな良い

こんばんは。じゅんです。

フと、今日は「個性」というワードに頭を巡らせました。

そのついでと言ってはなんですが、書くということで頭の中を整理しようと思い、この記事を書いている次第です。

 

核心に迫る前に、僕が「個性」について考えるキッカケがありましたのでそれについて述べていこうと思います。

 

最近塾講師のアルバイトを始めました。時給の高い集団指導か、またそれよりも安い個別指導かということですが、後者を選択。希望としては前者でしたが、面接行くたびに「もうほとんど希望者が来てて難しいかもしれない」と言われ見事選考漏れしました。まあ仕方ないなと思い、とりあえず早くバイトを見つけないとという思いがあふれていました。

 

丁度そのころ、プロフィールを入力すればそれを見た塾側からスカウトが来るというサイトに登録しておりました。僕のところにもいくつかスカウトメールが届いており、その中から選ぼうということに。希望する集団指導塾はなく、個別指導塾だけでした。

 

そして先日、僕は個別指導塾A社に採用されました。

少しうぬぼれていましたが、個別指導ならできるという自信を持っていました。

なぜかというと、僕自身2年くらい家庭教師をやっていたという経験があったのです。面と向かって教えるスタイルは、職場が変わってもそのまま適用できるだろうと考えていたのです。

実際に僕が家庭教師で担当していた生徒さんの数学の成績は上昇し、ある程度良好な関係を築けていました。なぜそれを言えるかといえば、僕が2カ月の間私情で家庭教師を休むことになったとき、他の先生は嫌だ、先生が復帰するまで待ってる等言ってくれたからです。

ですので、コミュニケーション能力が優れているとは言えないながらも、最低限生徒と身の上話をすることはできていまして、及第点と言えるのではないかと思っています。

 

そうこうするうち、先日一回目の授業をしました。授業がはじまり、生徒さんの学校の話をし、いつも通り問題の解法などを教えていました。

自分でもまあまあかと思いきや、授業後塾長に長いこと説教を食らうことに・・・!!

「もっと明るく振る舞って欲しい」というのが塾長が要求することの核心。

 

アドバイス程度に言っていただけたらと感じる内容を、キツく言われる筋合いはないな・・・など感じながら、その日は帰宅したのです。

 

僕個人としては、コミュニケーションが少しできればそれで大丈夫だろうと思っていたところ、そのスタイルが暗いと痛烈に非難されてしまった。高度なギャグを言えないながらも、生徒は時折笑ってくれたし、十分にコミュニケーションは取れていたんじゃないのかなって思った。

 

こういうのは”個性”の範囲内で見届けてくれ。僕はフとそんなことを思いました。

 

もちろん明るいギャクを言えば生徒の気分も良くなるし、また塾に来たくなるだろう。勉強もそれに応じて捗るかもしれない。だけど、僕自身だってコミュニケーションを綿密に取っていたし、その明るさがどうとかを第三者に言われるのはおかしいと思う。

 

誰もが明るいギャグを言えるようなら、「個性」はどこで称賛されるのか?

 

世の中には「みんな違ってみんな良い」という標語がある。事実、僕は小学校でこれを教わった。コンプレックスに思える所はこれを適用して、長所へと変えることのできるすぐれものである。例を出すと、「気が短い人」は「物事・情勢に対して人より敏感」ということができる。また、「自分を出さない人」は「周囲に対する気配りがある」と言い換えることもできる。

 

思った。「みんな違ってみんな良い」は、「個性が活きる場所」において本当に適用される。

 

あるゲームクリエーターが自分の能力を引き出す時、周囲とは進んで距離を取るようにするらしい。飲みに誘われても申し出を断り、果てにはアドレスを消したりする。門外漢からは「非常識」だと思われそうだが、これが彼の長所を引き出すところにある。

 

だから、「みんな違ってみんな良い」世の中において、この個別指導塾が目指すところは、「超おもしろくて、ギャクもキレがよくて、後は頭がいいやつ!」を募集すればいいんじゃないですかね。

 

・・・いろいろと書いてきましたが、塾は続けるつもりです。今年度いっぱいまで。

タフな場面はメンタルを強くするのにいいですから。

よし、ずっと説教されにいくぞ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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めっちゃ面白い内容でした。

見てもらいたいです。