ひきこもりから飛び出す学生ブログ

 初めまして。じゅんと申します。大学編入生のブログですが、最近は極々プライベートなブログになってます。気軽にコメントください。

思い出の曲

平昌五輪で羽生選手が金メダルを取りましたね。

その後のインタビューの中で心の支えとなっている曲として

BUMP OF CHICKENの夢の飼い主を挙げていました。

BUMPの曲は全て好きだそうで、親近感が湧きます。僕もBUMPが大好きです。

 

僕も基本的にBUMPの曲は全て好きなのですが、強いてあげれば

サザンクロスという曲が大好きです。

星を読んで位置を知る様に 君の声で僕は進めるんだ

さよならを言った場所から 離れても聞こえるよ 約束が

 これは歌詞の一部なのですが、僕が大好きな箇所です。

この箇所を聞くと、自分の体験とマッチしていろいろなことを想起させます。

 

親友と一緒に満天の星々を見ながらいろんなことを話したときや、去年のモンゴルでのプラネタリムでモンゴルの女の子と一緒にいたときのこと。

魅力的な人たちはもう自分の側にはいなくて、僕は寂しがり屋でいつも会いたいなと感じてしまいます。また今年も色んな人に会えたらいいな。

 

元引きこもり学生の思ふところ

ステキな人に出会い、同じものを体験して同じ記憶を作る。

漠然とだけど、それが今一番望むことだ。

 

変われない人とは友達にはなれないと、中3に言われた時よりは変われたかな。

 

会おうとは思わないけど、またいつかあの子に会える機会があれば過去の清算をしたいものだ。

 

その子ではないけど、最近フェイスブックで中学の同級生と繋がり飲みに行ったことがある。その時、向こうから君は変わったんだねとしみじみ言われた。僕はその時嬉しかった。

 

 

 

 

ブックメーカー日記②

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対象:アイスホッケー、テニス、カーリング 

試合数:8試合

500円を一試合あたり試験的に投資して勝ち試合を観察

 

分析

やはり1.0~1.5で高い勝率があるのがわかったので、次回はもう少し賭け金を引き上げる。

4000円投資→4356(356益)

ブックメーカー日記①

どうも。最近ブックメーカーを始めました。

そこで記録を残していこうと思います。

 

今回の賭けの手法は、手あたり次第にオッズの低い方に300円を賭けるというものです。

まずは低い賭け金でオッズ毎の勝率をざっと見ていきたいと思います。

対象:テニス

試合数:24

 

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横軸:オッズ 

 

分析

・1.00~1.5までは高い勝率

・1.5~1.9h勝率が悪い

⇒次からは1.5以降を無視して賭けを行う

 

投資7200⇒7131(69の損失)

 

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大学生のみなさん、こんにちは。

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モンゴルの少女、家出少年 色んな背景

 今年も残りわずか。学生は冬休みが始まっており、会社員も休みが始まる頃。2017年はもうすぐ終わろうとしています。

 思い返せば色んなことを体験できた年だったなあと思う。僕にとっては特に人との出会いが大きかった。

 モンゴルへのインターンシッププログラムを通して色んな人に会うことができた。プログラムを実施してくれた先生、一緒に同行した二人の学生、そして現地のモンゴルの学生。

 彼らと作り上げた思い出はどれも爽やかで、僕がそれまで学生生活の中で出会ったことのないものだった。それまでの僕はいわゆるリア充的な爽やかなものをどこかで拒絶していたけど、受け入れてみれば悪い気がしなかった。というか今まで意固地になって拒絶してたことが馬鹿らしく思えてくるほどだった。

 まずプログラムを実施してくれたT先生。T先生はインターン生活の中で僕ら学生とずっとメールのやりとりをしていた。そのおかげで困ったことがあれば解決策をいつも提示してくれた。ズバズバダメ出しを言うだけでなく、包容力が確かに備わっている印象を受けた。感受性がすごく、僕が書いたモンゴル日誌を読んで泣いたということだった。

 次に同行した二人の学生。僕が一番上の学年なのだけど、二人とも優秀でいつも僕を助けてくれた。僕も彼、彼女が困っているときに助言した。それが助けになっていればいいが。僕らは普段一人暮らしで会うことはなかったけど、土日の観光を共にするときには再会を喜んでいた。日本人が周りにいない環境だからこそお互いを大事にすることができたんだと思う。最終日仁川で食事する機会があったんだけど、二人が僕に注文してきた食事が激辛で辛(つら)かった^^;

 そして、かけがえのない思い出をくれたモンゴル人の学生。異国から来た僕を十分すぎるほどのおもてなしで迎えてくれた。彼女の名前はノミン。17歳。

 ノミンはまず2時間かけて話しながらザイサンの丘に連れて行ってくれた。7年間日本で育った彼女は日本語が上手く、アニメが好きだった。彼女はいつか日本に来たいと言っていたが、そんな日本に対する憧れがある一方で日本にはいじめがありふれているというような暗い部分についても知っていた。もしいじめられたりしたら大丈夫?と僕が言うと、「大丈夫ですよ。私は気にしませんから」と力強く笑顔で僕に言ってくれた。芯の座った子だなあと思った。他にも色んな話をしたけど、彼女は僕に恋愛についてよく訊いてきた。恋愛は思春期の彼女の頭の大部分を占めているらしかった、

 帰国前日、ノミンはプラネタリウムに連れて行ってくれた。ウランバートル最大の科学館にあり、そこではソ連と歩みを進めていた宇宙事業について学ぶことができた。スクリーンに映し出された星々は、僕が日本の科学館で見るよりも人工的で殺風景だった。それでも、上映中ヒソヒソと話すのは問題にしない科学館らしく、ノミンと隣同士で星座の名前を言い合ったりして楽しむことができた。

 その後彼女は手作りの冊子を僕にくれた。「A book to remind us」と書かれた本。その本には僕が研修先の学校で出会った生徒の写真が貼ってあり、その下には別れの言葉が書いてあった。胸が熱くなって泣きそうだった。

 彼女は僕の寮までついてきて、別れのハグをした。いつかまた会いましょうと。またいつか会えるといいな。

 このようにモンゴル国を通していろいろな思い出を作ることができた年でした。来年は、そして再来年はどんな年になるのでしょうか。。。

 

 僕には一つ大きな目標があります。それは、一年前別れた友人といつか再会すること。彼は前の大学の友人Dで、僕の人生に大きな影響を与えたように思います。

 大学一回生。大学に入学して初めての授業で僕は教科書を忘れてしまいました。その時教科書を見せてくれと頼んだ相手がDでした。授業が終わった後僕はDと話をしました。話を聞く中で、彼はどうやら読書家だということがわかった。英語の本を読んだことがあるかと僕が訊いたところ、彼は「海辺のカフカ」を読んだことがあるということだった。英語で海辺のカフカを読んだことのある人物に会うとは想像できなくて、何かしらの運命をその時感じていたと思う。

 僕はDと行動を共にするようになった。隣の席に座って授業を受け、夜の9時まで一緒に本を読み、時々彼の家に泊まるようになった。そこでいろんなことを話していた。何を話すにもDの世界観が独特で面白かった。

 ある日Dは言った。「俺、来年大学にはいないよ」と。「世界を旅してまわるんだ」「農業の手伝いをしてお金を稼ぐんだ。俺は慣れてるから」。僕はそれを聞いて驚いたが、「やりたいことがあるんだったらやったほうがいいよ」と言って応援した。

 翌年、僕らは大学2回生になって別々のクラスに行くことになった。前年Dは大学を辞めると言っていたのだけど、まだ大学にいることになった。ある日、共通の友人は「あいつはお前がいなければ辞めていたけど、お前がいたから大学に残ったそうだぞ」と言っていた。これからわかるように、僕らがお互いを特別に思い始めたのもDが元家出少年で僕が元不登校少年だったからだと思う。

 「俺は1か月間家出していた。なんかいろんなことが面倒でさ」。そうして彼は高校2年生の夏、1か月間家出していた。新潟県から長野県まで自転車で移動していたそうだ。夜の神社で佇む姿を地元のお婆さんに保護されて彼の束の間の旅は終わった。所属していたサッカー部のメンバーも彼のことを心配していたらしく、頻繁に彼に連絡していたらしいが彼は放っておいたそうだ。

 そんな彼だからこそ僕の不登校の話を聞いてどこかで心を落ち着けたのだと思う。事実、僕もそうだったから。

 大学2回生のとき、僕は大学編入を考えていた。僕はDにそれを告げると、彼も大学を辞めようとしていた。事実、彼は大学を辞めた。どういう訳かアメリカの大学で生物学を学ぶらしい。

 「お前は一番の親友だと思っている。それはこれからも変わらないと思う。お前が俺に見せたくないような変わり様を見せても、俺は気にしない」というのが僕の送信だった。

 「ありがとう。将来お互い仕事で出会えるようなことがあったらいいね。それがどんな形であっても」これが彼の最後の返信だった。

 その後Dはあらゆる連絡手段を削除した。LINEアカウントもメールアドレスも消した。僕が彼と連絡を取れるのは偶然に出会うしかなくなった。

 というわけで僕の目標はいつの日か彼と出会うことになった。10年後、20年後、30年後僕はアメリカで彼と出会うことがあると信じている。

 

どん底から手を差し伸べてくれた人

 主人公田村カフカは、父にかけられた呪いから逃げるために家出する。彼は中学3年生で、内気で孤独。自分の周りに高い壁を作り、誰もその壁の中に入らせなかった。家出している途中15歳の中学生だと言われ補導されぬよう、筋トレをして体を大きくしていた。また、読書を積極的に行い知識を吸収していった。家事を日常的に行い、自立心を宿していた。家では父と住んでいるが、父と顔を合わすことはない。東京中野区に住む15歳の少年は香川県を目指して家出し、そこで多くの経験をする。この長旅で彼は様々な人と出会い成長する。

 

 高校一年生の9月から僕は不登校になった。無気力の状態だった。ほぼ毎日ネットに入り浸っていて、何にも積極的になれなかった。制服を着て電車に乗る。その電車が往復するのに任せて数時間乗車していた。このとき読んでいたのがドストエフスキー罪と罰だった。この大長編を2回繰り返して読んでいた。

 

 主人公ラスコーリニコフは、貧乏な法学部の大学生。金貸しのお婆さんに借金をしていた。ある日彼はこのお婆さんを殺害する。彼の理論はこうだった。ナポレオンは多くの人を殺して英雄となった。このお婆さんを殺せば、街の人にお金が行き渡りみんなは幸せになるはずだ。だから自分が一人殺そうと罪になることはない。事件を起こした後、彼は精神病にかかる。敬虔なキリスト教徒のソーニャと出会った彼は、愛を知る。

 

 不登校の時僕はそれ以前よりも辛かった。親は心配し、先生も心配した。僕はそれが辛かった。いっそのことほっといてくれたらよかったのだけど、そうもいかなかった。たくさんの時間ができた僕は、この時多くの小説に出会うことになる。罪と罰、15少年漂流記、アンネの日記風の歌を聴けカンガルー日和、世界の終わりとハードボイルドワンダーランド、ライ麦畑でつかまえて、などなど。

 

 模試を除けば僕は学校に行かなかった。模試がある日、僕は高一の担任の先生に対して別室で受けさせてほしいと言った。皆と顔を合わせるのが怖かった。不登校生が急に現れて何を言われるか分からない。全統高1模試だった。数学が120点で勉強してないにしてはまあまあ取れたのを覚えている。

 

 くよくよしている僕に声をかけてくれたのは、中3のときの担任だったI先生だ。ある日電話で話し合わないかと言われ呼び出された。

 

 僕「あの、先生。人っていろんな死に方があるんですね・・・」

 

 僕は確かこんなことを言った気がする。今思えば僕が先生だったら、生徒がこんなことを言って来たら自殺を疑うかもしれない。当時僕は罪と罰を読んでいて、拗れた考えを抱いていた。I先生は僕の言ったことに対して何か答えを返してくれたが、僕の方は聞く気力がなくて上の空だった。

 

 僕「先生、僕学校をやめたいです」

 I先生「お前を不幸にしてる学校なんかやめてしまえ。ただ、高校は卒業した方が良い。だからどこでも定時制に転入とかを考えた方が良い。そこ入るためにも単位が必要なんや。だから、ちょっとくらいは学校に来なさい。精神科に行って何かしらの診断書をもらってくれば、学校側も出席は大目に見たる。だけど、週に1、2日くらいは来るように。出席するだけでいい。他の先生にも、お前だけは授業中の質問はさせないでおくから」

 

 こういうやり取りがあった。僕は泣いた。自分のことを思って発言してくれて感謝しかなかった。帰宅後、僕は家族に対して、学校をやめて定時制高校に入りたいと言った。そこでなら、自分のペースで生活を送ることができると思ったからだ。

 

 その後僕は人生で初めて精神科に行った。何か診断書をもらいそれを学校に提出した。後は必要最低限の出席を満たすために、週に1、2日行くだけだった。